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7/21火曜定例inAGITO~夏☆シちゃってるマフィア?~

ビスコ&ポッキー「やぁ君たち。夏、シちゃってる?」
夏。その甘美な響きに、公僕もパブリックエネミーも浮かれはしゃぐ季節。グリコ家族もバカンススタイルでAGITO定例会に参加しました…あれ?ポッキーのこれバカンススタイルぅ!!?
実は連絡の行き違いからポッキーは普通の私服を着てサバゲに来やがったのです。
しかも若干汚いシャツ。
しかし、サバゲをやる上では軽装の方が快適ですよね。熱中症の恐れもありますしポッキーも動きやすそうでした。
スポーティなイメージが付いてミリタリー好き以外の参加者がもっと増えれば、こういうカジュアルなスタイルが普及する日が来るかもしれないですね。

さて気持ちはカジュアルでもサバゲーは対人戦。現地調達したエモノも含め、この日使ったエアガンを紹介しましょう。
一番右にあるのは東京マルイ製のガスガン「G18C」です。この日は一番これでゲームしたと思います。
初速が70m/sと低めでしたが特に不便もなく。流石に遠距離では一方的にやられることが多かったですが、僕は基本的にバリケードから見える足元を撃つのが大好きな脚フェチなので用は足ります。
また別にシルバースライドに塗装を施したG17も使いました。
その隣がスパス12。これもマルイ製。
なんと今ではあまり見かけなくなったメタルストック付きですが、元々持参したスパスは別にあり、AGITOで現在催しているジャンク祭りにてGETしたのがこのスパス。
AGITOオーナー兼
ちなみに僕がスパスを使ったのは1ゲームのみ。
汗で思ったようにコッキングできず、グローブの大切さを再認識しました。
最後は一番左「S&W M76」のモデルガンです。これもジャンク祭りで買いました。このモデルを購入した動機はただ一つ。

こんな感じにダークナイトの劇中でジョーカーが使ってたから。
部屋に飾ってコーヒー飲みながら眺めてます。

肝心のゲーム内容ですが、イイとこも悪いとこもフラッグGETもなし。前述したように人の足を撃って悦に浸っていたくらいで書き留めることはありませんでした。
さて僕にとってのAGITO月曜定例といえば、この写真の5人が逢瀬する月一のイベントと同義。
月曜AGITOはマンスリー天の川なのです。
プレイも服装もバラバラでAGITO以外で接点がない組み合わせですが、なぜだか気が合う五人。
AGITO月曜定例(今回は火曜でしたが)で僕らは少々騒がしいので悪目立ちするかもしれませんが、決してゲームを妨害したり人を不快にさせる言動と行動はしません。
もし仮に「あそこのグループがうるさい」「卑猥な会話が
なんで、こんな事を書いたかというと生意気にも最近忙しくてサバゲをする時間が本当に希少なので、同じように少ない時間を見つけて遊びに来る人が楽しめなかったらヤダな~と思うようになりまして、ええ。
今のところ、そういう話は聞かないですけどね。絡んでくれる人の方が多いし、感謝感激。
ビスコ的「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の愉しみ方
こんばんは。映画を愛して止まないビスコです。バイトの女の子に対し、さして興味もないであろう映画の話を延々とするのがマイブーム。ここ最近は忙しくて劇場までイケず、DVDで我慢する日々でしたがレイトショーなら仕事終わりに鑑賞できることに気付き、アレを見てきました。

本当にオススメの一本です。これから鑑賞予定の方、またイクかどうか迷われている方に僭越ながら私的見所ポイント、まさにMAD(狂気)のポイントを解説していきたいと思います。
もちろんネタバレ全開で。

まず最初に言っておきますが、
主人公のマックスはそれほど怒ってません。
タイトル詐欺です。
原題の時点でMad Max : Fury Road(憤怒の道)となっているわけなので、セガール映画になんでも「沈黙」をつけちゃう邦題のイカレっぷりと違うのもミソ。
むしろ怒っているのは敵役のイモータン・ジョーや故郷を奪われたヒロイン(?)のフュリオサでありマックスは単に騒動に巻き込まれただけのこと。
この巻き込まれ型主人公こそ、旧三部作から連なるマックス・ロカタンスキーの特徴ですが、圧倒的世界観も相まって今作では
マックスの影が薄いです。
例えばマックスが決死の覚悟で敵の「武器将軍」と対決するシーン。
丸々カットです。
一仕事終えたマックスが返り血まみれになっているのを見せて、壮絶な戦いだったことを視聴者に想像させる手法を取っています。
いやそこが見たいんだよ。
マッドすぎるぜ…。

マックス、フュリオサを抑えて今作でカルト的人気を博すであろう敵の親玉イモータン・ジョー様が
突き抜けてアホである
ということは鑑賞する上で忘れてはイケナイ要素。
ジョー様は圧倒的なカリスマ性を持ち、自らが造り上げた砦「シタデル」において優れた統治を行っています。宗教団体のように盲目的な信者を従え、彼の地で文字通り神となったジョー様ですが、その行動に疑問が残ります。
マッドマックスは核戦争後の荒廃した大地が舞台です。空き缶や繊維をはじめ、どんな資源でもとても貴重だし、水やガソリンは命よりも重いもの。
それらの生産、精製手段を持つジョー様に従う民衆は、その貴重な資源にあやかろうとしているのです。
ジョーさまは慈愛の心を持って人々に水を与えます。その聖母も絶頂しそうな優しさには視聴者も感涙…と言いたいところですが、配給方式がダムの放水という
非常に効率の悪いやり方
なのが頂けない。落差100mは悠にあろうかという地面に向けて大量に放水するのですが、大半は空中で飛沫し地表の人々には半分以上行き渡らない。
ただし考えようによっては、なるほど宗教じみています。
大きな力を見せつけた上で、与える部分を出し惜しみして自身をより神格化させているならば合点がいくのです。
だが待ってください。
資源が乏しく、何一つ自給できない非生産的な民を統治する意味が、そもそも無いですよね。
ジョー様のもとには自分の後継者を生ませる「子産み女」、尖兵となって戦う「ウォー・ボーイズ」がいます。彼らにはれっきとした役割が与えられていて、ジョー様の帝国にとってのライフラインとも言えるでしょう。
一方で民はただ地表でジョー様に恐怖し、崇めて、その見返りとして細々と資源を頂いている存在。重い税を課せられている様子もなく(払うものがないもの)、ただジョー様に生かしてもらっているだけの存在。
つまりジョー様の統治方針はボランティア活動に他ならないという結論に至ります。
自らの明日も分からない世界で施しを与える悪役。マッドすぎるぜ…。

邦題のデス・ロードは的を射ています。巨大砂嵐、盗賊の襲撃、せまり来る追っ手…マックス御一行は死の危険に何度も直面し、少なくない犠牲も出しました。ようやく辿り着いた目的地も土壌汚染に見舞われ、最早旅も手詰まりというところでマックスが提案したのは
来た道を戻ろう(真顔)
です。ストーリーの進行上、別に不自然な場面でも無いのですが一瞬でもよぎってしまう考え。言いたい、言ってしまいたい。
今までの何だったんだよ!!!
はぁ、スッキリ。
往路が死出の旅路なら復路は修羅の道。しかしどちらも希望に向かっているのは、狂気の世界における一筋の光であり、この映画の純粋なメッセージのひとつだと言えます。
現代の倫理観や道徳が全く通用しない世界でマックスとフュリオサは悪に立ち向かいます。その諦めない姿がとてつもなくカッコイイ。しかし本能のまま、狂気の愚行に身を投げ出すイモータン・ジョー軍団もカッコイイ。
ただ荒廃した世界において彼らの選択など、実のところ何の意味も成さないのです。マッドマックスという枠が圧倒的過ぎて、
もう何が正しくて、何が間違っているのか理解できない。
それこそがマッドマックスです。
この旧三部作から受け継がれた監督のジョージ・ミラー節こそ、マッドの中のマッド。マッドすぎるぜ…。

というワケで少しでも「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の魅力が伝わったでしょうか。映画館へ行く後押しになれば尚幸いです。頭の中を空っぽにして見る映画は多いですが、頭の中を狂気に染めて没入できる映画は希少です。
もし日常で行き詰ったり、何か問題を抱えて塞ぎこんでいるなら、マッドの中へ飛び込むことをオススメします。

映画館でこんなチラシも手に入れました。ぜったい観に行く。

マッドマックス 怒りのデス・ロード
本当にオススメの一本です。これから鑑賞予定の方、またイクかどうか迷われている方に僭越ながら私的見所ポイント、まさにMAD(狂気)のポイントを解説していきたいと思います。
もちろんネタバレ全開で。
ビスコ的マッドPOINT①
タイトルがおかしい
タイトルがおかしい

まず最初に言っておきますが、
主人公のマックスはそれほど怒ってません。
タイトル詐欺です。
原題の時点でMad Max : Fury Road(憤怒の道)となっているわけなので、セガール映画になんでも「沈黙」をつけちゃう邦題のイカレっぷりと違うのもミソ。
むしろ怒っているのは敵役のイモータン・ジョーや故郷を奪われたヒロイン(?)のフュリオサでありマックスは単に騒動に巻き込まれただけのこと。
この巻き込まれ型主人公こそ、旧三部作から連なるマックス・ロカタンスキーの特徴ですが、圧倒的世界観も相まって今作では
マックスの影が薄いです。
例えばマックスが決死の覚悟で敵の「武器将軍」と対決するシーン。
丸々カットです。
一仕事終えたマックスが返り血まみれになっているのを見せて、壮絶な戦いだったことを視聴者に想像させる手法を取っています。
いやそこが見たいんだよ。
マッドすぎるぜ…。
ビスコ的マッドPOINT②
ジョー様がアホすぎる
ジョー様がアホすぎる

マックス、フュリオサを抑えて今作でカルト的人気を博すであろう敵の親玉イモータン・ジョー様が
突き抜けてアホである
ということは鑑賞する上で忘れてはイケナイ要素。
ジョー様は圧倒的なカリスマ性を持ち、自らが造り上げた砦「シタデル」において優れた統治を行っています。宗教団体のように盲目的な信者を従え、彼の地で文字通り神となったジョー様ですが、その行動に疑問が残ります。
マッドマックスは核戦争後の荒廃した大地が舞台です。空き缶や繊維をはじめ、どんな資源でもとても貴重だし、水やガソリンは命よりも重いもの。
それらの生産、精製手段を持つジョー様に従う民衆は、その貴重な資源にあやかろうとしているのです。
ジョーさまは慈愛の心を持って人々に水を与えます。その聖母も絶頂しそうな優しさには視聴者も感涙…と言いたいところですが、配給方式がダムの放水という
非常に効率の悪いやり方
なのが頂けない。落差100mは悠にあろうかという地面に向けて大量に放水するのですが、大半は空中で飛沫し地表の人々には半分以上行き渡らない。
ただし考えようによっては、なるほど宗教じみています。
大きな力を見せつけた上で、与える部分を出し惜しみして自身をより神格化させているならば合点がいくのです。
だが待ってください。
資源が乏しく、何一つ自給できない非生産的な民を統治する意味が、そもそも無いですよね。
ジョー様のもとには自分の後継者を生ませる「子産み女」、尖兵となって戦う「ウォー・ボーイズ」がいます。彼らにはれっきとした役割が与えられていて、ジョー様の帝国にとってのライフラインとも言えるでしょう。
一方で民はただ地表でジョー様に恐怖し、崇めて、その見返りとして細々と資源を頂いている存在。重い税を課せられている様子もなく(払うものがないもの)、ただジョー様に生かしてもらっているだけの存在。
つまりジョー様の統治方針はボランティア活動に他ならないという結論に至ります。
自らの明日も分からない世界で施しを与える悪役。マッドすぎるぜ…。
ビスコ的マッドPOINT③
往復するデス・ロード
往復するデス・ロード

邦題のデス・ロードは的を射ています。巨大砂嵐、盗賊の襲撃、せまり来る追っ手…マックス御一行は死の危険に何度も直面し、少なくない犠牲も出しました。ようやく辿り着いた目的地も土壌汚染に見舞われ、最早旅も手詰まりというところでマックスが提案したのは
来た道を戻ろう(真顔)
です。ストーリーの進行上、別に不自然な場面でも無いのですが一瞬でもよぎってしまう考え。言いたい、言ってしまいたい。
今までの何だったんだよ!!!
はぁ、スッキリ。
往路が死出の旅路なら復路は修羅の道。しかしどちらも希望に向かっているのは、狂気の世界における一筋の光であり、この映画の純粋なメッセージのひとつだと言えます。
現代の倫理観や道徳が全く通用しない世界でマックスとフュリオサは悪に立ち向かいます。その諦めない姿がとてつもなくカッコイイ。しかし本能のまま、狂気の愚行に身を投げ出すイモータン・ジョー軍団もカッコイイ。
ただ荒廃した世界において彼らの選択など、実のところ何の意味も成さないのです。マッドマックスという枠が圧倒的過ぎて、
もう何が正しくて、何が間違っているのか理解できない。
それこそがマッドマックスです。
この旧三部作から受け継がれた監督のジョージ・ミラー節こそ、マッドの中のマッド。マッドすぎるぜ…。

というワケで少しでも「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の魅力が伝わったでしょうか。映画館へ行く後押しになれば尚幸いです。頭の中を空っぽにして見る映画は多いですが、頭の中を狂気に染めて没入できる映画は希少です。
もし日常で行き詰ったり、何か問題を抱えて塞ぎこんでいるなら、マッドの中へ飛び込むことをオススメします。

映画館でこんなチラシも手に入れました。ぜったい観に行く。