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映画にみるカタルシス~後編~
カタルシス、という側面から映画をかる~く紐解いていくコーナー、後編です。前回の記事
2015/08/30
にてカタルシスとは何ぞや、を津々浦々と書いていきました。
今回は「じゃあカタルシスっておけば、映画は面白くなるの?味覇みたいなもんなの?」と疑問をお持ちのシネマ童貞の諸君に、カタルシスが映画において果たしてメリットしかないものか否かを私個人の視点で語ってイキたいと思います。

結論から申し上げるとメリットばかりではない、です。
メリット、デメリットそれぞれ箇条書きしていきましょう。
カタルシスのメリット
①話にまとまりが生まれ、鑑賞後に溜飲が下る
②ヒーロー、引いてはモラルや正義感の正当性が証明され安心する
です。

スピード
キアヌ・リーブスをスターダムに押し上げた映画「スピード」を例に挙げましょう。あの映画は「拘束」と「疾走」を同時に演出した非常に稀有な映画です。速度を落とせばバスがドカン、なんてファンキーな仕掛けのおかげで延々緊張感(いい意味でのストレス)が溜まり、ラストで犯人を倒し恋人もGETという華々しいエンディングが一層際立ちます。
構成もスッキリかつシンプル、親友の仇も討てたし、まさにカタルシスのメリット①と②をしっかり活かしてますね
では反対にカタルシスのデメリットはというと
①問題提起が希薄になり、視聴者に正誤の判断を押しつけがち
②ともすれば予定調和となり、既視感が生じることも

ロボコップ
これも例に挙げてみましょう。それはカタルシスについて自論を晒してみようかな、っと思った要因となった映画リブート版「ロボコップ(2014)」です。旧作のロボコップが大好きな僕は、このリブート版ロボコップに期待を寄せていました。なんと言ってもゲイリー・オールドマンが出てますからね。駄作なわけない、と思っていました。
えぇ、凡作でした。

リブート版ロボコップはアクション映画として、かなり優等生な部類だと思います。MGS4の雷電を彷彿させるスタイリッシュなアクション、悲劇の境遇にある主人公、善悪の彼岸。全部詰まっています。家族愛もあるんだから、お腹一杯になれます。
…いや、ロボコップはそうじゃないだろ。
退廃的でサイバーパンクな空気。あんな街死んでも住みたくない、と誰しもが思う狂気渦巻くデトロイトシティ。記憶抹消、家族離散、ただ犯罪撲滅のために生かされているだけで、何の憐れみもない虚無の存在。
諸悪の根源を倒したところで、別にスッキリしない居心地の悪さ。

そして孤独なパブリック・マシーンの戦いがこれからも続くと思うと涙が出てきます。同僚にはわかってもらえたけど、それじゃ全然足らねーよ!!!
まさにカタルシスとは反対の位置にロボコップは存在しています。どこまでも悲しい存在、それがロボコップです。故にメッセージ性も強かったです。リブート版は「ロボコップ」が正当化されていて、受け入れろ的な押し付け強い。合間に入るサミュエル・L・ジャクソンの語りが強濃すぎて余計そう印象付けられます。ロボコップが謎パワーでオムニ社の人間に引き金を引く時には「うわ、クッサ」と思ってしまいました。
カタルシスのデメリットに見事はまってしまったリブート版ロボコップですが、普通のアクション映画として見れば社会性もあり、人間の死生観に訴えかけるものもありで悪くないです。
ただ看板がでか過ぎた。

大脱出
さて少し話は飛びますが、カタルシスを孕む映画は意図して仕組んでいる場合がほとんどです。製作者側が「ここが絶頂ポイントだ!!!」とこれ見よがしに提示してくるときもあります。むしろ振り切って爽やかさすら感じますね。この大脱出がまさにそれでした。ご存知スライとシュワちゃんの二大アクション巨頭が揃い踏みした映画です。キービジュアルで全面的に二人が並ぶ姿は古臭いのに新鮮でしたよね。視聴前はもう派手なドンパチアクションを予想せずにはいられません。
しかし二人の超人は囚人という立場で、中々本領を発揮できません。珍しく小細工を弄し脱獄を図ります。確かに相手は絶対強大な最新鋭の監獄。綿密な作戦がなければ、いとも簡単に失敗するでしょう。しかしこの二人ですよ。プレデターだって相手がシュワちゃん一人だから善戦できたものの、そこにスライも加われば宇宙人虐待ムービーの出来上がりです。
大脱出はそんな歯痒い展開が続きます。しかし、製作者側はわかっていました。
「お前達が見たいのは、これだろ?」

撃つ、撃つ、撃つ。

散らす、散らす、散らす。
いざ脱出の本番になると、今まで立てていた用意周到な計画がそびえたつクソと化し、超人たちのマンパワーに頼り切った脳筋展開に早変わりするのです。
これだよ、これ!!!
そのまま減速せずに最後まで突っ走るので見た後もスッキリ爽快。視聴者の心理を逆手に取ったカタルシスが非常に面白かったです。またシュワちゃんも州知事から俳優への復帰後、かなり良い役に恵まれていると思います。

復帰後主演一発目のラストスタンドでも老兵と化したシュワちゃんが、最後はバッチリ決めてくれます。若造との滾る肉弾戦が熱々。カタルシスってました。
ただ今回のシュワちゃん、演じた役柄だけでカタルシスを体現できているわけではないと思いますけどね。なんというか州知事として、今までと違った形でメディアに露出したことで「知性」「政治観」が露わになり、加えてスーパーマンではない人間味のあるシュワちゃんが知れ渡ったことが大きいんだと思います。前記事で書いた俳優のバックボーンがイイ方向に払拭されたのではないでしょうか。
さて過去の遺物を引っさげながらカタルシスを押し出した「リブート版ロボコップ」と「大脱出」ですが僕の中でこうも評価が分かれました。これだけでもカタルシス=映画のミソではないということがわかりますよね。
カタルシスは技術の一つであり、決して映画の根っこにあるものではありません。本当に伝えたいこと、見せたいことの中にスパイスとして加わっているだけなのです。みなさんも映画を視聴するとき、ちょっとカタルシスを意識してみてはどうでしょうか。きっと新しい発見があると思いますよ。

余談ですが僕の会社の直属ではない上司に、めちゃくちゃクラレンスに似ている人がいます。
もう全体的に、悲しいまでに。